およそ「天体」などに関心を見せたことのない我が息子が、ある時このように話しかけてきました。何かの切っ掛けで、深遠な宇宙の営みに興味を持ったようで、心の中で拍手しました。

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草木も眠る深い夜。髪の毛が一本、本の上に落ちた音を聞いたことはありますか?それほどの静寂があります。

ところが、地球は、時速1440kmという音速より早いスピードで自転しています。

更に太陽の周りを一秒間に30kmという猛烈な速さで回っています。(公転)

太陽を中心とした惑星全体は一秒間に20kmの速さでヘラクレス座の方向に

向けて移動しています。

 このように考えると、地球は人間には感じられないだけで「すさまじい動き」の中に存在しています。

地球の自転速度1440km/時とは、秒速に直してみると400m/秒になります。

拳銃の弾の速度が300km/秒ぐらいですから、まるで発射された弾丸よりも速い世界で生きているということになります。

ゴーゴー、ビュービューとはいかなくても重低音でブーンと鳴っているというくらいの方が納得できますが、シーンとしているんですね。不思議だと感じませんか?

この写真をじっくりとご覧ください。         

真ん中の小さい光の点は、地球の姿です。  

1990年アメリカが打上げた無人木星探査機ボイジャーが、役目を終えて、永遠の宇宙のかなたに向けて、飛んでゆきました。太陽系のはずれ、電送写真を送れる限界のところから、最後に振り返るように地球の写真を撮ったものです。

このくらい遠くから見ると、地球も他の星と同じようなただの一点の光だったのです。画像に細かい横縞や濃淡が見えますがこれらは電送の際のノイズですので実際にこのように見えるということではありません。

あくまでも地球の光の一点に注目してください。

 この光はフッと消えてしまうくらい頼りなく見えます。宇宙物理学者のカールセーガン氏もそう感じたのでしょう、これをPale Blue Dot「ほのかな青い点」と呼びました。

こんなこと当たり前と言われればそれまでですが、よーく考えてみると不思議な気がします。

広大な宇宙の現実と、日常の生活の仔細な事柄とどうしても結びつきません。

 この宇宙で静止しているモノはなにもない。

今から2500年も前のギリシャの哲人ヘラクレイトスは、「万物は流転する」と云い、仏教は「諸行無常」であると諭し、鎌倉時代の鴨長明は方丈記で「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」と無常観を表しました。

この瞬間は、二度と経験できない。だから「今」とは、永遠という言葉に置き換えられるくらい重い瞬間だったのです。

 宇宙で考える時間の感覚はあまりにも長く、最も近い恒星でも光の速度で飛んで行って4年掛かるというもので、300億光年なんという星の存在もあるそうです。

長生きできるようになったと云っても人生80年で、宇宙の時間と比べると瞬間のことと云うことになります。

この瞬間のような人生にどういう意味があるのかなどと考え始めると、背筋がぞっとするような虚無感に襲われます。

 日々、偽ることのできない自分に対して、正直に肯定的に生きてゆくのがいいように思います。

 仕事の面で自分がしていることが何らかの形で、世の中のためになっていると納得できることは大事なことでしょう。

世の中の「害」になると判っていても、稼ぎのためには仕方ないと自分に云い聞かせるような仕事は、いつか自分の人生を振り返った時に哀れに感じるものでしょう。

 オーガニックに係る仕事は、この意味で豊かさがあります。

 平成26年5月12日                NOC 宮嵜道男