正月に新年の挨拶に出向いた知人宅に立派な額に入った経文がありました。bokusaisha_hannyasingyou-gaku-001聞くと写経と云って経文を写しとる修行をしているのだそうです。あまりに美しい出来栄えでしたので、聞いてみると般若心経とのことで、あの「色即是空」で有名な経文でした。
更にその内容を聞いてみると、なんと崇高な人間哲学そのもので、信ずれば救われる的ないわゆるご利益の宗教とは違い、いちいち納得してしまいました。ネットで調べてみると現代語訳があれこれあり、中には「おめーら!知しっとるか」調で荒々しく翻訳したものもあって、こりゃ面白いと意訳を試みました。
中国618年から300年続いた唐の時代、三蔵法師がインドの仏教を求めて旅をします。                                       それは、遠くゴビ砂漠を越えて行く、まさに命を懸けた旅でした。       「西遊記」という物語では、三蔵法師が孫悟空、猪八戒、沙悟浄という強力な護衛を付けて、途中数々の 魔物と闘いながらインドに辿りつき、尊い経典を沢山持ち帰ったという話です。                                    三蔵法師玄奨(602~664年)は、帰国後中国語に翻訳して仏教経典としました。 その中の一つが、「空の教え」を説いた般若心経です。
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今私たちが感じている喜びや悲しみ、辛い思いも何もかも、実は実体のない空っぽ、「無」であり幻想なのです。
実体がないという事は、感じることも、気付くことも、考えていることも、知ることも、心の作用そのものにも実体がないということです。
また実体がないという事は、すべてに於いて生まれもせず死にもせず、増えることもなく減ることもない、キレイも汚いもない、五感で感じているあらゆるものも、心に感じているものもすべて実体がないということです。
それでも、生きる、病気になる、老いる、死ぬことの悩みや恐怖心は、確かにはっきりと感じ、尽き果てることなく湧き上がります。
そもそも実体がないのだから、目を凝らして見詰める必要はなく、そんなものは放っておいてよい訳です。むしろそれらは、「生きている実感」を味わうためのものと捉えましょう。
拘らず、恐れることもなく、静かな気持ちでいましょう。明るい気持ちでいましょう。
何も描かれていない真っ白なキャンバスは、眺めていてすぐ飽きてしまいます。生きる楽しみ、苦しみ、病の辛さ、老いてゆくそして死んでゆく恐怖心、これらはむしろ面白い人生劇場の絵画の色とりどりと考えましょう。
今の生き方を変えることはなく、見方を変えればいいのです。        そうすると今まで気になっていた人の噂も嘘も非難もでたらめもみんな許せるし、かえって可愛らしいものに感じられます。                  どれもこれも、滑稽なことと「笑いの種」にしてしまいましょう。
過ぎたことも先のことも思い悩むなんてもったいない、「その時はその時」と軽くあしらっておきましょう。
すべては「今ここ」にあるだけだから、遊ぶのも働くのも休むのも、大事な大事なこの瞬間として一生懸命取り組みましょう。
心配することなんてなにもないのです。
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大自然の摂理に沿ってコットンを育て、ありのままのコットンの性質を愛でて製品化するNOCのオーガニックコットン精神と通じるように感じました。
平成28年1月12日         日本オーガニックコットン流通機構
宮嵜道男