日本語こそエシカルな言語

日本・日本人エシカルな特質Chrysanthemum
その五

何で日本ばかり、こううまくゆくのか、ヨーロッパの大学が研究しているという新聞記事を読んだことがあります。
色々な要素があって、その答えは難しいのですが、一つの大きな要素は日本語にあると思います。
日本人とは、なんだろうか?それは色々あるでしょうが、とりあえず日本語をしゃべる人としてみましょう。というのは外国から来て、日本語をかなり流暢に話せるようになってくると、考え方、感じ方、身振り手振り、そして性格そのものが変わったように見えます。
日本語で話している時と、自分の国の言葉、例えば英語で話している時とでは、顔つきが全然違うように見えます。顔つきが違うということは、脳の中の働き方が違うということです。
日本語というのは、そういう言語なのです。複雑に仕組まれている敬語、丁寧語、謙譲語や外国語と比べて、圧倒的に多い擬声語、擬態語、それから中国の漢字と日本古来の大和言葉の絶妙な使い分け、つまり音読み訓読みの仕組みです。
便利なひらがなカタカナの活用も特徴的です。日本人の最大の発明はひらがな、カタカナと云ってよいのではないでしょうか。
言葉や文字は、人と人とのコミュニケーションの道具ですが、同じくらい大事な要素としては、物事を考える時に、頭の中ではすべて言葉を巡らせているということです。
しっかりとした言語背景を持たないと、考えが深いところまで達することはできません。最近の幼児教育に外国語の英語を取り入れる動きがありますが、この意味で心配になります。日本語をまずは、しっかりと身につけないと、深く考えられない意識の薄い人になってしまう恐れがあります。

中国語は情感の言語で、文学的な表現には向いていますが、技術的な表現や微妙な言い回しは難しいといわれています。
これに対して英語は方程式のように形がしっかり決まっているため曖昧な表現に適していません。
すぐに白黒はっきりイエスかノーかの紋切り型になります。論理の積み上げには適していますが、情感の表現となると、なにか単純過ぎて、しらーッとしっくり来ません。
英語の詩を日本語にするのには日本語力の優れた人が翻訳しないと、伝わる文章にならないのはそんな理由なのです。
さて日本語はどうか、豊かに情感も表せ、論理を組み上げるにも便利な立体的柔構造を持っています。緻密な考えは緻密な言語背景が無ければ成り立ちません。
このように、日本人が優秀だといわれている秘密は、実は日本語にあったと言えるのです。
現在の英語は500年くらい前に形成された新しい言語で、これに比べて日本語は、2000年以上続いています。使い込まれて黒光りのする重みのある言語なのです。
もう一つ日本人の社会の特質に人称代名詞があります。
人称代名詞つまり「わたし」、「あなた」「彼」「彼女」です。
特に自己称「私」の使い方に特徴があります。日本語での自分を表す自称の言葉は『私』『僕』「俺」など色々あります。場合によっては先生が自分のことを、「先生がね」と言うし、おじいちゃんが孫に対して「おじいちゃんはね」といいます。『私』を表す言葉は、英語なら『I(アイ)』だし、ドイツ語なら『Ich(イッヒ)』、中国語だったら『我(ウォ)』です。自分を表す言葉がたくさんあるのは日本語だけです。いくつあるか、方言を加えると30以上にもなるそうです。

何故なのか。それは、あえて1つに固定しないということです。たくさんあるということは相対化されて自己の表現がぼやけてしまう効果があるのです。それから、相手との距離感とか立場に合わせて使い分けます。日本人の絶対ではない相対を好むという所から来ているのでしょう。
昔から「わたし」という言葉を頻繁に使う人は品の無い人だと言われています。
日本語は「わたし」という言葉を一切使わなくても完全に表現できる不思議な言語です。
万葉集にははっきりとした「私」という表現はありません。
英語では主語が無いと文章にならないのですが、日本語では、主語をぼかして相対的な表現の中で
表すことができるという不思議さです。
政治家や芸術家は「私は」を連発します。こういう人たちは自己主張をしないと、存在できない仕事上の必要があって使っているのでしょう。
一人称の「私」を頻繁に使っていると周囲の人の気持ちや空気が読めなくなります。
また「本当の私」が見えなくなるという仕組みがあるようです。いずれにしても、奥ゆかしいことを美しいと感じる本来の日本人の形ではありません。
「私」を漢和辞典で引いてみてください。「よこしま」とか「小便」などと、思いもかけない説明にびっくりさせられます。できるだけ使うな、とでも云うように悪い言葉のように説明しているのです。
上代から日本人は「わたし、わたし」を連発することの醜さを感じてきたのです。
「私」と言う字を分解してみると“禾”ノ木偏(のぎへん)とカタカナのムで出来ています。禾偏は稲を表わしています。“ム”の形は腕を曲げて稲を抱え込む形で、独り占めを意味しています。
これに対して「和」は稲をみんなの口に行き渡らせる形になっています。食べ物が平等に口に入れば、皆な仲良くできて平和になる訳です。
太平洋戦争が終わった後にアメリカの文化が大量に入ってきて、アメリカの価値観や考え方もどんどん入ってきて、アメリカ的感覚を身につけた人が先進的で優位に立ったような時代がありました。英語を翻訳した本も沢山出て、文体も翻訳調が先進的に思われていました。
翻訳文は当然、「彼が」、「彼女が」、「あなたが」、「私が」と、人称代名詞の羅列でうるさくなります。
情緒も何も無い事実の積み重ねで、ニュースの原稿のような無機質な文体になります。
1970年代の後半に流行った会社の社員研修、花盛りの時に、ある講師から「君の言葉には、主語がない。主語を明確にしなさい」と注意されたことがありました。この注意の言葉の中には主語を隠して話すのは、自己が確立していない未熟者で、無責任だというニュアンスが入っています。
これほど日本の言語文化が、180度反対に否定されました。
それでもその後、段々と世の中が落ち着いてきて、現在はあまりうるさく「私」を連発する人は少なくなりました。
日本語そのものに、文脈に人称代名詞の多用は似合わないという美感覚がちゃんと備わっているということなのです。
「私」を使わないということは、絶対的な自己の存在を主張するのではなく、自己を相対化して情緒的にオブラートで優しく包んで、衝突を避ける美しい日本の伝統芸なのです。
なんでも相対化して、相手の感情を傷つけないことを美徳としています。
相手の気持ちをおもんばかるのが日本人だというのを象徴するアメリカのジョークがあります。
象という動物を初めて目の前にして、フランスの人はこの象を見て、「この象、どうやって絵に表現しようかな?」と考える。
アメリカ人は「この象を使って、どうやって商売しようかな?」と考える。
日本人は「この象は自分のことをどう思っているんだろう?」と考えるという話です。このジョークは、日本人がいつでも自省的で、小さくなっていることを笑っているのです。
別の角度から見ると、常に相手の立場に立って考え、対処を準備するというビジネス的には有利なポジションにいるということになります。

自己主張しないで、人の生活やその人の気分を先取りして、相手の気持ちになって相手の立場になって考えるからこそ、外国人には真似ができない商品やサービスを提供することが出来るわけです。『お客様は神様です』という発想も生まれてきます。
自己主張が美徳の外国人には、日本製品の優秀さの秘密がなにかを理解できません。
一人称の「私」を沢山使うと相手が見えなくなる仕組みになっていて、自分がどう見られているかに関心があるということは、人に悪く思われたくない、人に迷惑をかけたくないとなり、行動に注意するようになる訳です。

日本の文化を「恥の文化」と揶揄したアメリカ人の学者がいました。第二次世界大戦時に西欧の歴史の中に突如現れた列強「日本」という得体の知れないアジアの小国の研究が盛んに行われました。
アメリカの日本文化研究者ルース・ベネディクト氏は「菊と刀」という論文の中で、西欧の「罪の文化」と比較して、日本人の独特な「恥」の感覚を指摘しました。
社会の善悪が宗教的に裏打ちされた明確な「罪」として意識されるのとは違い、恥という脆い規律で成り立っている、ということです。
これは見当違いで、恥を感じることの高い精神性が分かっていません。
いたずらして「罪」を感じて首をすくめて、飼い主の「罰」に怯えるワンちゃんの姿はよく見ますが、動物が何かに恥じている姿を見たことはありません。
日本人が自然に持つこの高い精神性は、日本語で考え日本語で人と言葉を交わしていると自然に身に付くものなのです。
日本が素晴らしいのは日本語が凄い働きをしているからなのです。
ですから日本語をもっと大切に扱いたいものです。日本語の特徴を一言で言うと絶対を嫌い、常に相対的に表現することと言えます。

エシカルな感覚というのはまさにこの何事も相対的に観ることなのです。
日本人が生来もっている和合の精神とは絶対を求めず、極端な結論を避けることです。

「エシカルセンス」とは何かを改めて並べてみます。

・自己中心的なものの考え方をせず、
一人はみんなのために、皆は一人のために考えるセンス。
・過当な競争をせず、上手に棲み分けるセンス。
・独り占めせず共存共栄を考えるセンス。
・独善的にならず広く寛容な気持ちを持つセンス。
・高い視点で本当に大切なことを見分けるセンス。
平成27年10月13日

日本オーガニックコットン流通機構
宮嵜道男

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