映画「女工哀歌」

私たちが毎日つくるジーンズ、誰がはいているんだろう?

9月27日から渋谷のイメージフォーラムで封切られる映画「女工哀歌」を、先日フェアトレードの推進者として、試写会に招待されて観てきました。

環境問題もそうですし、このような搾取工場の問題でもそうですが、はっきりした悪人がいないというところが、解決の難しいところだと思います。

中国の縫製会社の経営者も決して悪意があるわけではなく事業としてのリスクを負いながら必死に仕事を確保し経営に努力しています。映画の中で非情な注文主として描かれているアメリカの大手小売企業のウオールマートにしても、少しでも原価を下げて競合先に対して優位に立とうと躍起になっているのです。

1848年に「共産党宣言」を出したマルクスは、その前に書いた「ドイツ・イデオロギー」の中でユートピア(理想郷)について描いています。

共産主義の下では、人間は自由に、今日はあることをし、明日は何か別のことをすることができる。朝は猟をし、午後には魚釣りをし、夕方には家畜を育て、夕食後は文芸評論をするというように自分の好きなように暮らす世界になる。

としています。ところが共産主義は、ソ連や中国のように一党独裁政権化して、実質的にマルクスが考えた体制からは、ほど遠い形になってしまいました。あまねく国民を幸せにするという共産の思想は、実現不可能な政治体制であることがはっきりしてしまいました。

では、もう一方のケインズの資本主義はどうでしょうか?資本主義のケインズも世界大恐慌の翌年の1930年に「我々の孫たちにとっての経済的可能性」という小論の中で、

100年後には、人々は週に15時間だけ働けばいいようになっているはずだ。

としています。技術の進歩と資本の効率性が働けば、国民は誰でも、少ない労働時間で、豊かな生活を享受できるというものです。現代の高度に発達したコンピュータ社会は労働の質の格差を広げ、労働時間は長くなる方向に向いています。
ケインズの予言した22年後にユートピアはとても実現しそうにありません。ただし、共産主義と資本主義を比べてみて、まだましなのは現在の自由が前提となっている資本主義体制なのかなと思います。ユートピア実現のためには新たな思想、政治体制が必要なのかも知れません。

いづれにしても、人間が生来持つ我欲をいかに、「英知と良心」で抑えるかにかかっているのだと思います。現在の資本主義は、この「英知と良心」が入り込む余地がない冷徹なビジネスセンスの上に成り立っています。資本主義の当然の帰結として、自由競争、そしてその先の生き残りをかけた「過当競争」がこの映画に出てくるような、社会的に最も立場の弱い女の子たちに重い負担になってのしかかっているわけです。欧米の小売り会社の人たちが、工員の人たちが、不当で悲惨な目にあっていないかどうか視察に来るという。すると経営者は、工員への突然のインタビューのために、事前に模範的な答え方を訓練します。工員も経営者批判をして、それが原因で別の工場に仕事が移るとそれこそ、失職することを恐れて、「待遇に満足している」というように答えているという場面がありました。この様な解決の糸口が少しも見えない現実を前に、暗澹たる思いに陥りました。

さて、政治体制がこのままとして、なにが出来るかということになると、商品を買う人たちの意識が変わることしか解決のしようがないということになります。何気なく手に取ったジーンズが、どのようにどんな人たちによって作られたのかに興味を持つことが問われています。

わずかながら希望が持てるのは、最近消費者の皆さんのなかにフェアトレード運動に感心を示している人が増えてきているということです。ある商品ができて来るまで係わる人々の中に、一人として苦しむ人のない「笑顔の連鎖」の末の商品であることに価値を感じている人々です。

現在、フェアトレード商品は、日本市場では数字にならないくらいわずかしかありません。例えばフェアトレードの規定を持っている世界のオーガニックコットンの総量は全てのコットンに対してまだわずか0.2%しかありません。

これから、フェアトレードが第三者機関によって認証され、それを表示する仕組みができ、そのような商品こそ価値があることを、より多くの消費者の皆さんが認識して、その商品がどんどん売れるようになれば、メーカーは、競争して、フェアトレード商品に切り替えてゆくのです。そうなればこのような搾取工場は成り立たなくなります。

消費者の皆さんの日常の何気ないお買い物とは、実は、どんな社会にしてゆこうかの「投票」と同じであることをご理解ください。

このような映画の持つ力を信じたいと思います。一人でも多くの方が映画館に足を運んでいただけるよう祈っています。

日本オーガニックコットン流通機構
理事長 宮嵜 道男

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