アメリカの綿花畑の減農薬運動
農薬と殺虫剤
DDTという万能な殺虫剤が1948年にノーベル賞を受賞し、量産され一気に普及しました。
※DDT:DichloroDiphenyltrichloroeThane・ジクロロジフェニルトリクロロエタン
1950年代は、化学合成の農薬が盛んに使われた時代でした。
1962年に、レイチェル・カーソンが「沈黙の春・Silent Spring」を著しDDTはじめ化学農薬が魚や鳥など生態系に蓄積してなんらかの悪い影響があることを指摘しました。
1965年、国連食糧農業機関(FAO)は、作物栽培に使われる殺虫剤の害について昆虫学者など専門家を集め討議し、一つの提言を発表しました。
あらゆる適切な防除手段を相互に矛盾しないかたちで使用し、経済的被害許容水準以下に有害生物個体群を減少させ、かつその低いレベルに維持するための個体群管理システム
(出典:岡山大学農学部学術報告Vol.97より)
この提言では、まだ、環境保全という考え方は薄く、むやみやたらに殺虫剤を使うのではなく効果とコストが矛盾しないように害虫をコントロールするということが唱えられています。
結果として殺虫剤の使用量が減る方向を示すことになりました。
その後、アメリカの IPM(Integrated Pest Management・総合病害虫防除管理)計画に受け継がれてゆきます。
(出典:日本綿業振興会機関紙コットンプロモーションコラム52・53より)
1972年にニクソン政権がIPM計画を表明し、1979年カーター政権では連邦政府関係省庁の取り組みを整備し、1993年クリントン政権で、アメリカ農務省として7年後の2000年までにすべての農家の75%がIPMを取り入れる目標を掲げました。
アメリカの環境保護局(EPA)と農務省が中心となって、農薬使用の削減の計画を進めてゆきました。
具体的には、オーガニックコットンの農法と同じような方法です。
同じ土地に別の性質のいくつかの種類の農作物を何年かに1回のサイクルで作っていく方法、天敵昆虫の活用、微生物を増やしたり土質を改善することです。
ただし、アメリカの220万の農家をこの方式に換えるには、いくつものハードルをこえなければなりません。
アメリカの綿花農家の一戸当たりの平均耕作面積は1200ヘクタールです。
この面積は東京の千代田区の面積1164ヘクタールに匹敵します。
東西は、秋葉原から麹町、南北は飯田橋から日本橋です。
想像してみてください、この地域が一面、白い綿花に覆われるところをこれほどの広い畑の隅々まで管理する事の大変さがわかります。
2001年に普及率を調査してみると70%というまずまずの結果が出ましたが、全米の農家の農薬使用量は、1992年と2000年を比較して4%(1812万トン)増加しているという結果が出てしまいました。
農薬使用削減よりも総合的な農業技術の改善や監視のシステムの方に重心が移ってしまった結果でした。
こうしてみると、大規模な農業で収穫量を維持しながら農薬を削減してゆくことの難しさがわかります。
成功した例もあります。
1996年にカリフォルニア州にてサンホアキン・バレー地域での綿の農薬を減らそうというプロジェクトが始まりました。
プロジェクト名は、BASIC(Biological Agriculture System in Cotton, 綿花の生物学農業システム)です。
現在は、フレズノ、マデーラ、メルセドの三つの地域で800ヘクタールで栽培が行われて減農薬に実績を上げています。
カリフォルニア大学がサンフォーキンバレー北部地域で綿花生産でどれだけ農薬が削減されたか調査しました。
1996年と2001年の比較の結果、殺虫剤の使用が38%減ったという結果になりました。
IPMの計画は、害虫防除の方法に変化がありました。
天敵昆虫の利用や生殖制御、成長制御、行動制御の農薬が使われます。
これらの効果は従来の殺虫剤と比べると効果は薄いものの組み合わせて使うと効果が同等に高められ、害虫に従来問題になっていた農薬抵抗性が現れないため、農薬使用回数が減ることです。
そして農薬を減少させるもう一つのテクノロジーとして出てきたのが遺伝子組み換え技術です。
1973年にアメリカで成功した技術で、その後、急速に普及し2008年現在、全世界の大豆作付け面積の70%、トウモロコシで24%、綿花で46%、菜種で20%がGM遺伝子組み換え作物となっています。
(ISAAA・International Service for the Acquisition of Agri-biotechApplications 調査)
遺伝子組み換え技術は、その作物に遺伝子操作をして、害虫に強いとか、害虫を殺すとか、除草剤に強い作物に変えて効率よく除草剤を使えるようにしたものです。
万能殺虫剤のDDTがピンポイントの殺虫効果に進化したともいえます。
しかし、現在までに決定的な被害が出ていないため普及は、さらに進んでいますが、長期的にみて、自然環境やヒトの健康への悪影響の不安も大きくなっています。
EU(欧州連合)では、EFSA(欧州食品安全機関)が遺伝子組み換え作物を禁止していて、1998年以降存在していません。
オーガニックの作物の栽培基準では、もちろん一切認めていません。
日本オーガニックコットン流通機構 理事長 宮嵜 道男