2013年、bioReインド OPEN HOUSE DAY

20131121日、22日の2日間、bioRe Project Indiaオープンハウスのお祭りがありました。今年は、㈱パノコトレーディングの浅田氏さんが単身で参加されました。                   早速インタビューしました。                                                                                              [宮嵜]  ご無事で帰られて安心しました。ご苦労様でした。今回は、初めてのインドだそうで、色々カルチャー・ショックがあったかと思います。まずその辺のお話から聞かせてください。                                                                                                                                  [浅田] ありがとうございます。インドという国については皆さんもそうかもしれませんが、割と日本人にはなじみのある国名かと思います。

勿論、私などはアメリカや中国と肩を並べるくらい馴染みのある国です。

ガンジーや仏陀、第二次世界大戦敗戦後の日本を擁護する立場に立ってくれたアジアの大国など、良いイメージを膨らませていました。

デリー空港に着いて、国内線でインドール行きの出発まで時間があったものですから、(無謀にも)

地下鉄に乗ってニューデリー駅まで、しかもたった一人で足を運んだのです。

空港で知り合った日本の若い女性から戴いた案内本を片手に、もう一方の手にはキャリーバッグを転がして・・・これじゃあ、観光客目当てのタカリ・ゆすりから見たら、カモです!!

駅から地上に上がって目的地のコンノート・プレイスまで、三輪の軽トラックタクシーで「リキシャ」と呼ばれる乗り物を捕まえて「いくらで行ってくれる?」と苦手な英語で聞いてみると、ガイドブックに書いてある金額の3倍もの料金を云うので、目安の料金を主張すると次から次へと断られ、やっと4人目で何とか折り合いがつき走り出しました。

乗車してから10分位で目的地に着きました。約束のお金とポケットにあったチューイングガムを2個ほどつけて渡して別れを告げると、何とも言えない笑みをたたえてくれて、暫く別れを惜しむような気になってしまいました。

しかし、この後、30分位(その時は1時間位の間のように思われましたが・・・)、このコンノート・プレイス内で、なんと私は逃げ惑う事になるのでした。

まぁ一種の詐欺師集団に付き纏われたと言いますか・・・

一部では「インド人には気をつけろ!」等という暴言と思われるような言葉のアドバイスもいただいていましたが本気にはしていませんでした。 でもまったく私は馬鹿でした!

日本を発って高々12時間、インドに対する世界観、いや大げさではなく自分の人生観に風穴が開いたショック体験でした。

 

宮嵜  なるほど、なかなか刺激的な体験をなさいましたね。

日本に住んでいると、想像もつかないようなことが当たり前にあって、自分の常識が次々と壊れて

頭の中が大混乱しますね。

でもそれが旅の醍醐味で、そういう意味では、改めて人間ってなんなんだと考えるいい機会だったと

思います。

 

浅田  仰る通りです。旅の醍醐味という表現も苦楽一如。様々あるように思いますが、後になって有難い

体験だと思えるようになると信じています。

兎に角そんなことからスタートしたインド出張でした。

 

宮嵜 さて、この度のオープンハウスの様子を聞かせてください。

 

浅田  今年のオープンハウスは宮嵜さんが行かれた時のような関係者が一堂に集まっての大規模な歓迎  セレモニーと云うような事はありませんでした。

滞在した2日間は、bioRe保有のマイクロバス2台にbioReのスタッフの方々含め25名程が、分乗して生産者農家の家々を訪ね廻り、実際に家の中を見せていただいたりしました。また、2日目に訪れた  農場では、ニームなどの木の下に設置された休憩所のような場所で生産者の方々(男性)による楽器演奏や、感謝の唄等が披露されました。

 

宮嵜  参加の皆さんでコットンの山に登って撮った写真があります。右上に浅田さんが写っていますね。  こんな大量のコットンをご覧になって 何か感じたことはありますか?

 

浅田  収穫に際しては生産者の方々が綿花を

手摘みしているのですが、このような山に

なるには、いったいどの位の人たちの手が

必要だったのだろうかと思いました。

コットンの山を歩いてみると、

とても暖かく、何とも言えず笑みが

湧いてくるような感覚を味わいました。

 

宮嵜  BioReプロジェクトは、地域の人々を

助ける色々な取組みをしていますが、

何か新しいことは、ありましたか?

 

浅田  ここ数年オーガニック関係者が警戒していたことですが、所謂(いわゆる)GMOシード

(遺伝子組み換えの種)の世界拡散戦略のターゲットになっているインドにおいて、近い将来

(と言うか今にも)起きてくるNon GMOの種の入手の困難の問題があります。

bioReプロジェクトは、それに対して、種の確保(農場内での自家採取種)に取り掛かっていたり、

GMOの種のコンタミを調べるための簡易検査キットを農民に配布して排除の運動を継続的に

行っていました。

 

宮嵜  本当に遺伝子組み換えの問題は頭の痛い問題ですね。有難うございました。

ところで最後に、インドの本場のカレーは美味しかったですか?

 

浅田  インドに行ったことのある皆さんからお聞きしていたような、インドに足を下ろした傍から、カレーの臭いが沸き起こり~というような事はありませんでした。

bioReのスタッフのほとんどの方がベジタリアンに近い食生活のようでカレーではありませんでした。スパイシーな料理もご縁がなかったですね。

やっと、ホテルのレストランのメニューで、チキンカレーを見つけてオーダーしました。

ただ、ここでも頼んでいない煎餅状の食べ物が付いてきて、伝票にはちゃんと請求されていましたね。

 

まあ何とか、インド=カレーという外せないキーワードは押さえてきました。

「美味しかった!!」と口ずさみながら、無事帰国の途に着くことができました。

英語が苦手な私ですが、会話ができたらモットモット楽しめて、学べたのにと感じました。

それにつけても成田の地に足を下ろした時はほっとして感慨は一入でした。

皆さんお世話になりました。

 

宮嵜  有難うございました。

 

コメント: 昨年のインドツアー参加の皆さんも浅田さんと同じように街に溢れる埃まみれの路上生活者の姿を

見て、この国の政府はこの人たちを何とかしてやれないのかという腹立たしさとか、この現実を

呑み込んで生きている人間の底力の凄さとか、色々な思いが湧き起って頭が混乱し、しばらく沈黙

したことがありました。

整然とした日本の社会から見ると、至極自然な反応です。それでも2~3時間経つと目が慣れて

等身大の現実に向き合えるようになります。

 

空港の随所に貼ってあるポスターのキャッチフレーズは「Incredible India!」とあり、文字通り

正に信じられない光景が次々に展開してゆきます。

何千年という厚みのある歴史、伝統が昨日のことのように存在していて、なんの気負いも特別な

構えもなく日常にあり、きっとインドでは5000年前と同じように今を生きている人々がほとんど

だと思えます。

そもそも「時」と云う概念は、便宜的に人が作った事で、変化しているのは我々実態の方で

「時そのものは存在していない」と云う事をこの国にいると感得できます。

 

日本の伊勢神宮の式年遷宮のように歴史を強い意識を持って維持するのとは対極にあり、

インドでは遺跡はあまりうるさく修復せず、滅ぶものは滅ぶ姿をそのままの「今」として

受け取る美感覚があるようです。

桁外れに裕福な暮らしをする人々、地を這うように暮らす人々、持てる者から少しでもかすめ取ろうと知恵を働かせる輩、アーユルベーダ―やヨガの修行を洗練している人々、先端IT技術や宇宙開発技術に携わる人々等々、人の営みのすべてがインドにはあります。

 

インドの人は目が大きく、白目勝ちに睨むようにこちらを見ますが、浅田さんの経験にも   あったように、差し出された一枚のチューインガムにニッコリとほほ笑むその眼には、屈託がなく、硬くしていた筋肉が一瞬で解けて名残惜しくなる感じがよく判ります。

先進国への旅行では、絶対に味わえない楽しみがインドにはあると思います。

インドの緊張の一人旅から無事に成田に降り立ち、税関を出た時の安心感、開放感は、筆舌に尽くし難いものがあったろう推察します。ご苦労様でした。

 

平成25年12月9日                      NOC 宮嵜道男

 

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