森林について考えるシリーズ羊、牧草地

その三 人間中心主義が             森を自然を壊す

歴史はローマの時代に移ってゆきます。ローマ帝国は、「帝国」という名に相応しい発展ぶりを示しました。
巨大な木造船を沢山作り、周辺国へ覇権を振るいました。一つの船ができるたびに一つ山の木は伐採され、とうとう山は、丸裸になってゆきました。
また文化的な生活として、ローマ風呂・大浴場の燃料、セントラルヒーティングの燃料、レンガを焼く燃料にどんどん木を切って使いました。
森林が消えて、土地が荒れて、疫病が流行り、国の体力は衰えてゆきました。
疫病が流行ると神にすがるしかなく病気を癒す、奇跡を起すキリスト教の時代になってゆきました。
キプリニアヌスの言葉にはっきりと表れています。
「疫病は、正しいキリスト教を広めるための神の祝福だ」。
キリスト教は明確な一神教です。
「聖なる森など存在しない。森の中に神はいない。
神は唯一キリストだけである」として、豊かな生活のために
森を切り開き、人間の楽園を作ると伝道してゆきました。
ギリシャもイタリアも現在、かつてのような立派な森は
なくなってしまいました。
どちらの国もオリーブの木が有名ですが、逆に言うと森がなくなり表土がなくなり,土地は荒れ、オリーブくらいしか育たない土壌になってしまったということです。
西欧諸国は15世紀の頃にはほとんどの森を失ってしまいました。
どうして西欧の人々は、それほど森を大切に扱わなかったのでしょうか。
近代ヨーロッパ文明の精神はデカルトやフランシスコ ベーコン(1561~1626)に代表されるように終始、人間中心主義に彩られています。
デカルトの「我思うゆえに我あり」はあまりに有名な言葉ですが、人間中心の精神が如実に表れています。我に始まり我に終わる、全ては自我に固執した考え方で大自然との係わりについては希薄です。
人間の王国を樹立するためには自然は征服され支配されるべきものであるとしています。
ヨーロッパ中世暗黒時代、神秘主義は神と人間の関係は厳しく規定されました。
キリスト教会の支配、魔女裁判、動物虐待がありました。とても大自然への想いなど入り込む余地はありません。
ところが、行過ぎた振り子は必ず、中心に向かって振り戻されます。
一転、神への依存、神の束縛から解放されたいとする人間賛歌ルネッサンスの時代になります。
そして神はいない、全てはただ(唯)物質が存在するのみとする唯物論に傾いてゆき、そのまま近代科学の時代へと繋がってゆきました。
その間ペストなどの大流行で何百万人もの犠牲者が出ても、森がつくる豊かな大自然を失った事が原因だとは思い至りませんでした。
その中でJ.W.ゲーテ(1749~1832年)は、はっきりと「森の信仰の復活と自然との共生」を訴えています。
ヨーロッパの国々は、かつては豊かな森林に覆われていました。
ローマ帝国のシーザーの「ガリア戦記」の中に今のドイツ・ゲルマニアについての記述があります。「60日間行軍しても森の端に達することは出来なかった。多くの動物が生息していた」
ところが現在のドイツの森林は希薄なままです。
先進国の2005年、国土に対する森林面積の調査では、ドイツ31%、フランス28%、イタリア33%、イギリス11%、アメリカ33%、森の国のイメージがあるカナダでも33%です。
これに比べて日本は先進国中、群を抜いていて、国土の68%が森の国です。
日本には牧畜や小麦栽培がなく、森の恩恵を必要とする稲作文化だったことが、これほど森を残した理由の一つでしょう。
ヨーロッパの国々は、小麦栽培や牧畜が盛んで森林を伐採して農地を拡げる必要があって、森が無くなり、自然の浄化力が失われ、幾多の疫病に襲われました。
やっと、原因が森林自然破壊だと気付き、植林を始めました。
ヨーロッパの森はブナなど広葉樹で、ほとんど人工林です。木の種類が少ないので見た目にはとても美しく見えます。
ヨーロッパ人は森を散歩することを好むと聞くとロマンチックだと聞こえますが、森を壊してしまった反省も含めて、森の大切さを身に沁みて感じているのでしょう。
ヨーロッパの森の文化は浅く、高々150年と云うところでしょう。
本物の自然の森では散歩など出来ません。下に草やつるがびっしりと生えていてとても気楽に歩けたものではないのです。人工林だからこそ散歩ができるのです。

平成27年9月30日           日本オーガニックコットン流通機構
宮嵜道男